100年の歩み

History

SUDOグループ100年の歩み

SUDOグループのはじまりは、1世紀前の大正時代にまで遡ります。1917年、宮大工の須藤幸次郎が山形県から北海道に入植。北海道の南に位置し、内浦湾に面する豊浦町で1918年に豊浦神社を普請し、須藤組を創業しました。
1969年、2代目の須藤幸一が須藤建設株式会社を設立。ビル建設や公共事業などで業績を伸ばし、1981年には北海道伊達市に本社を移転するとともに、事業エリアの拡大を図りました。
こうして培った大型建築物の高い施工力を活かす新たなフィールドとして、1985年には住宅事業部門「SUDOホーム」を開設。1988年に就任した3代目の須藤敏幸は、関東にも目を向け、千葉県千葉市に東関東支店を開設しました。その後、東関東支店は移転・新設を経て土気オフィス(千葉市)と流山オフィス(千葉県流山市)の2拠点体制となっています。
北海道エリアでは住宅事業をメインにした札幌支店を2006年に開設。4代目須藤正之が須藤建設創業100年という節目に新たな時代へ向けて、外国人向けのコンドミニアムなどを手がけるニセコ支店を2018年に開設し、エリアと事業内容を広げました。また、グローバルな視野で建築空間をデザインする(株)SAAD(東京都渋谷区)の設立など、“創合力”の高い企業グループを形成し、新たな100年へと歩みつづけています。

1918大正7年

豊浦神社を須藤幸次郎が棟梁として普請

1921大正10年

北海寺を須藤幸次郎が棟梁として普請

1929年(昭和4年)
世界大恐慌
1939年(昭和14年)
第二次世界大戦開戦
1944年(昭和19年)
有珠山噴火
1945年(昭和20年)
第二次世界大戦終戦
日本人口72,147千人

1950昭和25年

初代 須藤幸次郎が建設業法改正に伴い個人登録

1950年(昭和25年)
第1回さっぽろ雪まつり開催
第1回日本プロ野球選手権(日本シリーズ)開催
日本人口83,200千人
1954年(昭和29年)
高度経済成長期の始まり

1957昭和32年

2級建築士事務所登録

1963昭和38年

2代目 須藤幸一が社長に就任

1963年(昭和38年)
マイホームの時代到来(第一次マンションブーム)

1964昭和39年

完成工事高1億円計上

1964年(昭和39年)
東京オリンピック開催
日本人口97,180千人
1967年(昭和42年)
日本人口100,196千人

1969昭和44年

須藤建設株式会社設立

代表取締役 須藤幸一
資本金1,000万円

1969年(昭和44年)
アポロ11号人類初月面着陸
1972年(昭和47年)
札幌オリンピック開催
沖縄返還

1974昭和49年

完成工事高10億円計上

1974年(昭和49年)
戦後初のマイナス成長、戦後最大規模の倒産

1975昭和50年

伊達支店開設

1976昭和51年

豊浦町役場庁舎建設

1977昭和52年

1級建築士事務所を開設

1977年(昭和52年)
有珠山噴火

1980昭和55年

完成工事高20億円計上

1980年(昭和55年)
エネルギー法に基づく住宅の断熱性能基準「省エネ基準」の制定
日本人口117,060千人

1981昭和56年

伊達市に本社移転

豊浦支店新築

1985昭和60年

住宅事業部設立

室蘭工業大学 鎌田研究室とRC外断熱「伊達の家」を建てる

鎌田教授、伊藤設計とのコラボレーションにより市場性のある
木造高断熱高気密住宅の開発と営業に着手する。
86年5棟、87年13棟と実績を上げる。

1985年(昭和60年)
日本の人口1億2,000万人突破
バブル経済の始まり

1988昭和63年

3代目 須藤敏幸が社長に就任

千葉県に東関東支店を開設

1989平成元年

RC外断熱「伊達の家」日本建築学会作品選集入選

1989年(平成元年)
日経平均株価38,915円、バブル絶頂期

1990平成2年

資本金3,500万円

1994平成6年

カナダ バンクーバーに出張所開設

バブル経済により円高が進む(1USドル80円、カナダドル60円台)。輸入のメリットを活かし北米住宅技術の導入など住宅事業が広がりを見せる。また、SUDOの国際性の基を築いた。

1996平成8年

完成工事高50億円計上

1997平成9年

匠塾(大工育成学校)開設

慢性的な職人不足をカバーし、木造建築技能士を養成するため「匠塾」を開設。7名が入塾し3年間現場での実習を中心に技能を身につけることを目指し開校した。

1997年(平成9年)
北海道拓殖銀行経営破綻
2000年(平成12年)
有珠山噴火
企業倒産の負債総額約24兆円過去最悪

2003平成15年

ふなおか公園まち分譲住宅事業(北海道)

東急不動産(株)と建売住宅事業開始(関東支店)

2004平成16年

東関東支店開設

土気ショールームオープン

2005平成17年

ニセコ地区コンドミニアム開発事業参入

Q1.0住宅の取り組み

田園せきない事業開始

2005年(平成17年)
日本の総人口初の減少 1億2776万人

2006平成18年

札幌支店開設

チーム・マイナス6%参加

植樹事業開始 第1回植樹事業

2008年(平成20年)
北海道洞爺湖サミット
リーマンショックを発端に金融危機

2010平成22年

東関東支店 流山オフィス開設

2011平成23年

本社新築

2011年(平成23年)
東日本大震災

2013平成25年

札幌オフィス移転(札幌市豊平区中の島)

2014平成26年

須藤正之が代表取締役社長に就任

亘理町災害復興JVで災害公営住宅を受注

東日本大震災で被災した亘理町は北海道伊達市の姉妹都市で、震災後亘理町の建設会社との共同企業体で公営住宅を建設しました。

2014年(平成26年)
宝塚歌劇団100周年
日本人口1億2708万人

2015平成27年

ニセコでの受注50件突破

関東:はぐみの杜「LIFE DESIGN CHIBA」 プロジェクト開始

北海道:FOXWOOD project in NISEKO開始

2016年(平成28年)
北海道新幹線開業

2018平成30年

創業100周年

ニセコ支店開設